■20周年記念
ゆきわりそうミュージックパーティのご報告


2007年12月16日(日) 於椿山荘

午前中の学術会、午後はミュージックパーティと盛りだくさんのプログラムに総勢460名の方々が参加。


■午前中開催した学術会には、5名パネリストが登場されました。

■パネリスト/高野 之夫氏(豊島区長)「光あるうちに光の中を歩きましょう」
豊島区の皆さん、一緒に文化しましょう
〜日本で2番目に住み良い都市といわれるようになった、23区ワースト3から豊島区を浮上させた区長。「区民と文化」を切り札にして挑戦を語る〜

豊島区長高野氏は、区長となった9年前、区の財政事情をどのようにして改善できるかという課題が非常に重要であったと、現在に至るまでの苦闘をさりげなく語られました。

池袋で育ったご自身。豊島区を愛し守ることへの熱い使命感は今でも変わることなく、その責務をやわらかで静かな声の中に語られました。決意あふれる豊島区の首長に会場からエールの拍手が続きました。


■パネリスト/坂巻 熙(ひろむ)氏(社会福祉法人ワークステーション湯田・沢内理事長)
「岩手県沢内村(西和賀町)から風が吹いてくる」
〜ジャーナリストから大学教授へ、そして雪深い岩手で障害を持つ人々と共に村を守る日々。大切なものは何か?〜

坂巻 熙さんが沢内村に障害者施設を開設したのは6年前。高齢化率40%という過疎化が進む地域の中で、野菜や花、パン、米作りなど様々な工夫をこらした活動を続けられています。

ご自分の退職金をつぎこみ、行政と共に立ち上げた施設では、地域の老人クラブ・婦人会・青年会・ボランティアたちが助け合っています。
「お金があれば何でもできる」それが幸せだと思う世界とは違う幸せがここにはあります、と語られます。

すべてが順調に成功している訳ではなく、今後のことも含めていろいろと考えていかなくてはならないが、何より人と人とが手を握り合う温かさこそが大切。それを活動の中で更に学ばれ、厳しい環境の中での実践から得た、人と人とが共有する「生きぬくため」の連帯のお話は、都会(ゆきわりそうの活動拠点)と地方という社会環境の異なりを越えて共感できるものでした。


■パネリスト/姥山 寛代(ゆきわりそうグループ代表)〜ノーマライゼーションをめざして20年の日々〜
20年間いろいろありましたが、一度も「厭だな」と思ったことのなかったゆきわりそうでの活動。それを今後も継続するという約束でもあるこの語りは つきない思い出を語るというより、決意に近いものでした。

苦悩の涙と、笑いの涙を流しながらのノーマライゼーションをめざした道程。
住むこと、食すること、文化すること、それらの一歩一歩のあゆみが今日につながりました。それらゆきわりそうの活動記録を映像作品として制作し、来年完成することを紹介しました。
映像作品の制作に取り組む山村雅康氏にパネラーをバトンタッチをしました


■パネリスト/山村 雅康氏(作家・カメラマン)「ゆきわりそう20周年記念 映像作品の短編集試写」
〜20周年事業の一環として映像制作に2年に亘って取り組む。悲しみも、苦しみも、喜びも、共に生きるゆきわりそうの日々を短編集として紹介〜

撮影の大半は終了し、現在編集作業に入っている4本の映像作品。
それらを短編集として紹介。

試写された4編は……、
野生のイルカと泳ぐ障害者たち、そこに辿りつくまでの1年半の物語り。
自分なりのゴールインをするところから、ホノルルマラソン完走にいたるまでの物語り。
障害者乗馬(ハローヒポ)の四季。妙義山の麓に広がる豊かな大自然を背景に繰り広げられる、夢と希望の物語り。
ゆきわりそうの日々は、大都市東京の片隅で生活すること、文化すること、本来ある愛し合うこと、そして助け合って生き、希望をあたためあうことの物語りです。

この短編集試写は、まるで温かく優しい雨が降りそそぐような、静かで力強い感動を観る人に分かつものでした。


■パネリスト/清水 洋氏(台東共同法律事務所所長)「21世紀に花を咲かそう」
〜人権を守る事は世界平和を守ること。それぞれの立場で人生に花を咲かせよう〜

21世紀を戦争の世紀にしないという希望と現実の乖離は大きく、世界中が日々緊張の度合いを増しているのが現状です。その中で特に清水氏も関わりながら一つの解決についてお話をされました。中国残留孤児のことです。

第二次世界大戦の末期に多くの子供が中国に残されました。戦後そのままになっていた孤児が日本に帰国を求めていました。
長い時間を経て帰国が実現しましが、生活の安定どころか生活苦、就労苦などに喘ぎ、国からの支援を得ることが困難でした。
今年は大きな運動のうねりの中で成果を得、やっと人並みの支援が与えられるようになりました。

安倍総理、福田総理と一つの案件について1年間に2人の総理と直接会うことになったのも偶然とはいえ珍しいことでした。どんなときにも、人は人らしく守られなければという主張を大切にしていくこと。それが今回の成果によって更に確たるものとなりました。
平和で豊かな世界を作っていくために、人権を守ることは何よりも大切なことです。
21世紀が平和な世紀になるように、みんなで力をあわせていきましょう、と語られました。

■午後のミュージックパーティ
460名の方々が参集してくださいました。

■舞台劇「信」の上演

「信」がいた日々、そして別れていく「信」。
ファンタジー的な演出でまとめられた「信」のドラマ。
障害を持った人々のこの世の中の位置づけについて、深く心に響き、大きな大きな拍手が会場に沸きおこりました。

娘を白血病で失った夫婦の悲しみは、遂には生命を自ら絶つ寸前まで行きますが、亡き娘が父と母に天国から贈った「信」によって生きる力を得た夫婦。「信」によって「生きる」ということの意味を体感します。
「信」は20才になった時、天国に帰ります。
しっかりと大地を踏んで生きる父母に別れを告げます。ゆきわりそうの仲間たちとの別れのシーンが圧巻でした。


■新成人を祝う会
今年の新成人は12名でした
ゆきわりそう開設の年に生まれた12名の仲間たちに、ゆきわりそうスタッフ42名による琴の演奏がお祝いとして贈られました
しばし会場は琴の音に静まり返りました。
20年がんばったご家族。
そして20才を迎えた障害をもつ仲間たちは、立派な成人となってステージに立ちました。会場全員でハッピーバースデイを合唱。
さあこれから第2の人生へ!
がんばれ。

来年も元気で、お会いしましょうと最後の歌の合唱はホールにひびきわたりました

昨年このステージで一緒に歌った今は亡きEさんの事を思い出し、涙を溜めて歌うゆきわりそうスタッフたちの背中を優しくさするお母さん方の姿がありました。

2007年 ゆきわりそうミュージックパーティ
開催報告 記/姥山 寛代(ゆきわりそうグループ代表)

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