山本良夫の訃報


 ゆきわりそう事務局長、山本良夫が天国へ旅立ったことをご報告します。
1月29日(土)9時18分、自宅のベッドで鼻歌を唄っていましたが、その後静かに息を引き取りました。
 1943年9月1日生まれ享年61歳。ゆきわりそう在籍18年でした。
 納骨式を3月19日、12:00から出会いの家(群馬県松井田町)にて行います。

 ここに昨年12月のミュージックパーティーにおいて発表した山本からのメッセージを全文掲載します。
 「山本さんサンタクロースあんまん」とこの秋、小間大輔君が言ったそうです。すべて私にかかわるイメージを3つの言葉のつながりとして口に出せたということです。ゆきわりそうに居住して12年。障害者を抱える家族の方はこの驚きと感動を理解していただけると思いますが、私は、その報告をきいて喜びと感動の涙を禁じえませんでした。
 ゆきわりそうにはこんな素晴らしい感動の嵐が日々あふれています。
 そんなゆきわりそうを皆さんと共に生み育ててきたことを心から誇りに思いますし、改めまして1987年7月に開設以来、物心両面わたり賜りましたご支援とご協力に対して厚く御礼申し上げるものです。
 
 皆さんご承知のように、私は昨年11月に胃がんの手術を受け本年8月2日には再発による胃のバイパス手術と胆道ステント挿入術を受け、抗がん剤を利用しながら今日まで命を保ってきています。医学の力の偉大さや人間の気力の大切さを改めて感じています。
 小間君の感動的な言葉によって挨拶を始めましたので、今年心に残った言葉をいくつかご紹介しようと思います。
 第一は、「あなたは、生きていてくれればいいのよ」という姥山代表の言葉です。9月2日、東海大学伊勢原病院を退院し、今後の生活や仕事について相談したときのことです。当初は、1日に1回は職場に顔を出そうと考え、実行していたのですが、不意に発熱したりしてできない日が多くなりました。そのときになって、この言葉の包容力の大きさと、有難味を深く感じたのです。「そうだ、本当にそうなんだ」と何度もこの意味をかみしめたものです。
 現在はメールやLANの環境が整備され、在宅でも職場の状況はほとんど把握できる状況になっています。また、毎週火曜日の夜に自宅で行っている4名定員の「職員研修」は、今の自分にできる最高の仕事かなと思って、楽しく実践しているところです。
 第二には「今後は、自分の魂に生きる力を与えることに努めてください」という菊池幸恵医師の言葉です。
 ガンとの闘いは大変です。「偉大な医学の力」「生きようとする気力」だけではだめです。山本さんや姥山さんが続けてこられた「魂に生きる力を与える仕事=ゆきわりそうの仕事」をこれからは自分のためにしても許されるのではないでしょうか?との示唆と受け止め、9月18日以降はいつも心のどこかに残し、日々努めているところです。
 三番目は、ガラッと変わりますが「われら、秩父困民党、暴徒と呼ばれ暴動と呼ばれることを拒否しない」という音楽寺(秩父23番札所)にある「秩父困民党事件100周年記念・無名戦士の墓」にある言葉です。この12月5日に、妻に介護され前々から見たかった『草の乱』という映画を見ることができました。
 「120年前、すごいやつらがいた」という副題のある、秩父困民党事件を描いた映画です。
 中学生のころから困民党には興味があって、ほとんどの文献は読んでいたのですが、映像で再現する困民党の姿には、改めてすごいものがあると感じました。
 映画は自分の中の困民党の再確認作業として有意義でしたし、8000人からのボランティアのエキストラ出演や何億円もの制作費集めの話しなど、その制作にかかわる話も興味深いものでした。しかし、映画を見ながら私の心の大部分は「イラク」にありました。
 『アメリカの正義』の名のもとに、虐殺され続けている10万人以上もの罪無きイラク国民の姿が重なります。今、イラクに国際的な呼びかけに基づく「人民解放戦線」が結成されるなら、直ちに戦列に加わり、先頭に立って「テロ国家アメリカ」と戦うだろう、と私は夢想したりしていました。
 
 言うまでもなく、私たちの仕事は、平和なくして存在しません。憲法九条という世界に誇りうる日本の財産を、あっさりと捨て去り、堂々と戦争に参加できる国にしようという動きが急です。平和を守り抜くには戦いが必要です、その戦いはこれからが本番だと思っています。私たちは開設以来、一切の政治的活動をしてきませんでした。利用者の思想・信条の自由は最大限保障されなければならないとの配慮からです。しかし、平和を守る戦いは政治活動ではありません。人間の生存を守る、最も基本的な権利を守る戦いだと思います。
 
 そろそろまとめます。私に残された大きな仕事・やってみたい仕事は次の2つです。
 ひとつは、人間の生死にかかわる仕事を日常的に行っている職員・スタッフに、ゆきわりそう設立の契機となった横浜の細井宏之さんのように、誰にでも確実・平等に訪れる死を、身を持って体験的に示すこと。そのためには出来るだけ在宅でのターミナルケアを願っています。
 二つ目は、職員・利用者・家族・専門家集団他、多くの皆さんの協働の作業の結晶であるゆきわりそうの、歩みの中で生まれた継承すべき伝統とも言うべき事柄を、文章化して残し、共有の財産とすることです。そのためにも、皆さんとの共通の土台「連帯の立場」に立つことをここで改めて確認し、共にがんばろうと決意しているところです。
 本日は本当におめでとうございます、そしてありがとうございました。

2004年12月23日
記:山本良夫
文章朗読:増田明美 

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